テクニカル 2026 Art C5

2026年F1パワーユニット規則を完全解説:エンジンからERSまで

FIA 2026年テクニカルレギュレーションのArticle C5を徹底解説。1.6L V6ターボの仕様、ERS出力制限、オーバーテイクモードの仕組みまで、レース観戦に役立つ知識を網羅します。

Article C5とは何を規定しているのか

F1テクニカルレギュレーションのArticle C5「パワーユニット(Power Unit: PU)」は、マシンを走らせる動力システム全体について規定する、最も分量が多く技術的に重要な条文のひとつです。

規定の対象は大きく以下の5つに分かれます。

  • ICE(Internal Combustion Engine):内燃エンジン本体の仕様
  • TC(Turbo Charger):ターボチャージャーの寸法・性能制限
  • ERS(Energy Recovery System):エネルギー回生システム全体
  • MGU-K(Motor Generator Unit – Kinetic):運動エネルギー回生ユニット
  • ES(Energy Store):エネルギー貯蔵装置(バッテリー)

これらすべてが一体のパワーユニットとして管理され、どのサプライヤーが供給するものも同一の規則のもとに置かれます。


エンジン本体の基本仕様:変わらない「骨格」

1.6L V6ターボという縛り

C5.1.2およびC5.1.3により、エンジンの排気量は1600cc(許容誤差−10cc)、シリンダー配置は90度V型6気筒と厳格に定められています。ボア径は80mm(±0.1mm)、シリンダー間隔は101.0mm(±2mm)という具合に、寸法まで細かく固定されています(C5.4.1、C5.4.2)。

これは2014年以来続く基本骨格であり、自由な排気量・気筒数の競争を封じることでコスト管理と技術収束を狙った設計です。

圧縮比の上限と「運用時」の監視強化

最大幾何圧縮比(geometric compression ratio)は16.0を超えてはなりません(C5.4.3)。注目すべきは、2026年6月1日以降は常温だけでなく130℃の状態でもこの基準を満たす必要がある点です。

常温では規制値以内でも、エンジンが熱膨張した実際の使用状態で圧縮比が16.0を超える設計は2026年後半から明示的に禁止されます。

エンジン素材の熱膨張を利用して実質的な圧縮比を引き上げる抜け穴を塞ぐための規定と読み取れます。

バルブ・点火システムの制限

  • 1気筒あたり吸気2・排気2の計4バルブ(C5.1.4)
  • 点火は1気筒につき1本のイグニッションコイルと1本のスパークプラグのみ(C5.10.1)
  • 1エンジンサイクルにつき1回の点火のみ許可
  • 点火エネルギーは最大120.0mJ(C5.10.3)

可変バルブタイミングや可変バルブリフト機構は明示的に禁止されています(C5.7.2)。


ターボチャージャー:寸法まで管理された「箱庭」

C5.3では、ターボチャージャーの構造が詳細に規定されています。

  • 1段のみのコンプレッサーとタービンの組み合わせに限定
  • コンプレッサーのエグゾデューサー外径:100〜110mm
  • タービンのインデューサー外径:90〜100mm
  • ターボチャージャーの最低重量:12kg(C5.3.4)
  • 最高回転数:150,000rpm(C5.3.6)
  • 吸気圧力の上限:4.8 barA(C5.3.2)

可変ノズルタービン(VNT)や可変ジオメトリーターボ(VGT)は禁止されており(C5.7.1)、ウェイストゲート(過給圧逃がし弁)は最大2基まで許可されています(C5.1.12)。これにより、ターボのチューニングの自由度は限定的で、設計の巧みさが問われることになります。


エネルギーフロー:2026年の核心、電気出力の管理

燃料エネルギーフローの上限

燃料から取り出せるエネルギーの流量(fuel energy flow)は最大3000MJ/hに制限されます(C5.2.3)。また10,500rpm未満では回転数に応じた制限曲線が適用され(C5.2.4)、高回転域ほど燃料を多く使えるという特性は抑えられています。

ERS-K出力の上限:350kWという数字

ERS-K(Motor Generator Unit – Kinetic)の絶対的な電気出力上限は350kW(C5.2.7)。これはおよそ476馬力相当です。現行の160kWから大幅に引き上げられており、2026年の大きな変更点のひとつです。

ただし、この350kWを走行中常に使えるわけではありません。

車速連動の出力制限:スピードが上がれば電気は切れる

C5.2.8は、ERS-Kが走行推進に使える電力を車速に応じて段階的に絞る仕組みを定めています。下のスライダーで速度を上げてみてください。通常モードとオーバーテイクモードで、パワーの出方がどう変わるかを「体感」できます。

Art C5.2.8 · インタラクティブ
速度を上げて、電気パワーの変化を体感する
200km/h
0 km/h370 km/h
📉 徐々に電気出力が絞られ始める。バッテリー管理が重要
通常モード
1200kW 合計出力
ICE 400 kWERS-K 800 kW
オーバーテイク
3500kW 合計出力
ICE 400 kWERS-K 3100 kW
ICE出力は約400kW(参考値)。ERS-K出力はFIA 2026 Technical Regulations Art C5.2.8の数式に基づく。合計出力上限はERS-K 350kWを含む理論値。

340km/h付近でスライダーをゆっくり動かすと、2つのモードの差が最もはっきりします。通常モードでは電気が切れる速度域でも、オーバーテイクモードなら数十kWの追加パワーが残る——これがストレートでの「もうひと押し」の正体です。

エネルギー回生の上限:1周8.5MJ

1周あたりにERS-Kで回収できるエネルギーは最大8.5MJ(C5.2.10)。これはFIAがサーキットの特性に応じて8MJや5MJに引き下げることもあります。

また、充電状態(State of Charge: SoC)の変動幅は最大4MJ以内に収めなければなりません(C5.2.9)。バッテリーを使い切ることも満タンにし続けることも戦略的に制限されるわけです。

スタート時の制約

スタンディングスタートでは、車速が50km/hに達するまでERS-Kによる推進は禁止されています(C5.2.12)。スタート直後のホイールスピンを助長する電気アシストを防ぐ意図があります。


パワーユニット全体の重量規定

C5.5では重量の下限が細かく定められています。

  • パワーユニット全体の最低重量:185kg(C5.5.2)
  • ICE単体の最低重量:130.0〜134.0kg(MGU-Kの配置による)
  • MGU-K単体の最低重量:16.0〜20.0kg(同上)
  • ESメインエンクロージャーの最低重量:35.0kg(C5.17.9)

また、重心位置はZ=200以上(地面から200mm以上の高さ)に保つ必要があります(C5.5.3)。重量を下限以上にしつつ、重心を下げる設計には自ずと限界が生まれます。


安全設計:高電圧システムの厳格な管理

ERS-Kが350kWという大出力を扱う以上、安全規定も相応に厳格です。

  • 車上の最高電圧は1000V以下(C5.17.6)
  • 高電圧配線はオレンジ色で識別(C5.21.2e)
  • ESメインエンクロージャーの外面は70%以上をオレンジ色に塗装(C5.21.3)
  • シャットダウンは2秒以内に完了(C5.17.1)
  • シャットダウン後15分間はERSステータスランプが点灯継続(C5.17.3c)

これらの規定は、クラッシュ時や緊急時にマーシャルや救助員が高電圧システムの状態を即座に把握できるようにするためのものです。


チーム戦略への実践的な影響

「電気の使い時」がレース戦略の核心になる

1周あたりの回生上限(8.5MJ)と出力上限(350kW)、そしてSoC変動幅(4MJ)が組み合わさると、「どのセクターで電気を貯めて、どこで放出するか」という判断がラップタイムを左右します。バッテリーを空にしてしまえばコーナー立ち上がりでアシストが失われ、満タンにしすぎれば回生ブレーキが使えなくなります。

オーバーテイクモード(Override Mode):DRSに代わる2026年の新兵器

2025年まで追い越しの切り札だったDRS(可動リアウイング)は、2026年のアクティブエアロ導入に伴い廃止されます。その代わりに導入されるのが「Override Mode(オーバーテイクモード)」です。

これは電気アシストが使える車速域を通常の340km/hから355km/hまで拡大する仕組みです。追加でエネルギーを生み出すわけではなく、蓄えたエネルギーをより高速域まで使い続けられるという意味合いが強いです。DRSが「空力で抵抗を減らす」のに対し、オーバーテイクモードは「電気で押し続ける」——アプローチは異なりますが、ストレートで前車に追いつくための武器である点は共通しています。

高速での電気ゼロは純粋な空力・ICE勝負

345km/h(オーバーテイクモード時は355km/h)以上では電気アシストが完全にゼロになります。最高速度域での差は、ダウンフォース設定とICEそのものの出力に委ねられることになります。


特に覚えておきたい条文ピックアップ

C5.2.7:ERS-K最大出力350kW

従来の160kWから約2倍以上に引き上げられた電気出力の上限。2026年マシンのキャラクターを決定づける数字です。

C5.2.8:車速連動の出力制限

電気アシストは高速になるほど絞られ、345km/h以上ではゼロになります。「DRS区間の終盤は純ICE勝負」という新しいレース観戦の視点を提供します。

C5.2.10:1周あたり回生上限8.5MJ

回生できるエネルギー量はFIAがサーキットごとに設定します。モナコのような低速サーキットと鈴鹿のような高速サーキットでは、制限値が変わる可能性があります。

C5.4.3:圧縮比16.0(2026年6月以降は熱間でも適用)

2026年シーズン途中から規制が強化されます。開幕時点では対応できていても、熱間状態での計測追加により、後半戦で問題が顕在化するケースも考えられます。

C5.5.2:PU最低重量185kg

軽量化の余地はICEバラスト(最大2kg)のみ。重量規定はパワーユニットの設計自由度を大きく制約します。


まとめ

Article C5は、2026年F1のパワーユニットが「何であるべきか」を隅々まで規定した条文です。1.6L V6ターボという枠組みは変わらないものの、ERS-Kの出力が350kWに拡大されたことで、電気エネルギーの管理がこれまで以上に戦略の中心に据えられます。

車速に応じて電気アシストが絞られる仕組み、1周あたりの回生上限、バッテリーのSoC管理——これらの数字を頭に入れてレースを見ると、「なぜここでオーバーテイクモードを使わないのか」「なぜあのコーナーで差が詰まるのか」という問いに、自分なりの答えを探せるようになるはずです。