2026年F1燃料・エンジンオイル規定を徹底解説
FIA 2026年テクニカルレギュレーション第C16条を解説。持続可能燃料(AS燃料)の義務化からオクタン価規定、レース中の抜き打ち検査まで、チーム戦略に直結するルールを読み解きます。
このArticleが定めること:「何を燃やしてよいか」の全ルール
第C16条(FUEL AND ENGINE OIL)は、F1マシンのエンジン内燃焼室(Combustion Chamber)に供給できる燃料と、パワーユニット(PU: Power Unit)を潤滑するエンジンオイルの両方について、成分・物性・承認手続き・レース中の抜き取り検査に至るまでを一括して規定する条文です。
この条文の根幹にあるのは「燃料はあくまで燃料として使われるべき」「オイルはあくまでオイルとして使われるべき」という考え方です。燃焼を強化したり、隠れたエネルギー源として機能したりするような物質の混入を包括的に禁止することが、この条文全体の目的となっています。
2026年の最重要ポイント:「持続可能燃料」の完全義務化
AS燃料(Advanced Sustainable Fuel)のみを使用可能
2026年規定で最も大きな変化のひとつが、先進的持続可能燃料(AS燃料: Advanced Sustainable Fuel) の完全義務化です。C16.1.2は、使用できる燃料をAS成分のみで構成されたものに限定しており、従来の化石由来ガソリンとのブレンドは認められません。
AS燃料として認められるためには、以下の条件をすべて満たす必要があります。
- 成分のトレーサビリティ:原材料から最終ブレンド燃料まで、一貫して非持続可能成分と物理的に分離(segregated)されていること
- 温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)削減:化石由来ガソリンと比較して、EU再生可能エネルギー指令(RED)が定める輸送部門の基準以上のGHG削減を達成すること
- 商業的実現性の証明:燃料サプライヤーが商業用燃料への展開を実際に進めており、年産5m³以上の製造能力を持つ設備からの供給か、同等規模で第三者から商業的に入手可能であること
この「商業的実現性」の条件は重要です。レース専用に開発された成分を使って性能を最大化しつつ、規制の網をくぐり抜けることを防ぐ意図があります。
非持続可能成分は1%以内の添加剤のみ
ただし、腐食防止剤や安定剤といった添加剤パッケージ(Additive Package) については、非持続可能原料由来のものを最大1.0% m/m(質量比)まで使用できます(C16.3.4)。また、AS成分の定義範囲外の微量不純物の合計も、1% m/m以下に制限されています。実質的に燃料の99%以上がAS成分で構成される必要があります。
燃料の物性規定:数値で見るF1燃料の「スペック表」
C16.2には、使用できる唯一の燃料であるペトロール(Petrol) の物性規定が表形式で定められています。主要な数値を確認しておきましょう。
| 項目 | 最小値 | 最大値 | 単位 |
|---|---|---|---|
| RON(リサーチオクタン価) | 95.0 | 102.0 | — |
| 感度(RON-MON) | 15.0以上 | — | — |
| 低発熱量(LHV: Lower Heating Value) | 38.0 | 41.0 | MJ/kg |
| 密度(15℃) | 720.0 | 785.0 | kg/m³ |
| 酸素含有量 | 6.70 | 7.10 | wt% |
| 最終沸点 | — | 210 | ℃ |
| ベンゼン含有量 | — | 1 | wt% |
酸素含有量に注目してください。 6.70〜7.10 wt%という酸素の下限・上限の両方が設定されています。これは酸素含有量が燃焼特性や出力に直結するため、フォーミュラとして意図的に狭いウィンドウに設定されています。オキシゲネート(含酸素化合物)として許可されているのは、沸点210℃以下のパラフィン系モノアルコールおよびパラフィン系モノエーテルのみです(C16.3.3)。
また、RON上限が102.0と設定されている点も見逃せません。オクタン価を上限以上に高めることによるパワー向上を構造的に防いでいます。
エンジンオイルの規定:「第2の燃料」化を防ぐ厳格な定義
オイルの機能は明文化されている
C16.1.5は、エンジンオイルの機能を「可動部の潤滑・摩擦低減による効率向上・摩耗抑制・清浄・防錆・シール性向上・冷却」と明確に定義しています。そして「燃料の特性を強化したり、燃焼にエネルギーを与えたりしてはならない」と明記しています。
これは、かつてF1の世界で議論となった「オイル消費を意図的に増やし、燃焼室に供給することで実質的に燃料として機能させる」という技術的グレーゾーンを封じるための規定です。
オイルの物性規定
| 項目 | 最小値 | 単位 |
|---|---|---|
| 動粘度(100℃) | 2.8 | cSt |
| HTHS粘度(150℃、せん断速度10⁶s⁻¹) | 1.4 | mPa.s |
| 初留点 | 210 | ℃ |
| 引火点 | 93 | ℃ |
初留点(Initial Boiling Point)が210℃以上と定められているのは(C16.7)、低沸点の揮発性成分がオイルに含まれることを防ぐためです。C16.8.1では、この検査で210℃以下の成分の存在が示唆された場合にGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)による追加分析が行われ、該当成分の合計が0.5% m/m以下でなければ不合格となります。
さらにC16.8.2では、有機金属系ガソリン添加剤やオクタン価向上剤のオイルへの混入を明示的に禁止しています。
PUペリメーター内の液体は原則1種類
C16.1.9は、パワーユニット(PU: Power Unit)の管理領域内では、原則として1種類のオイル仕様のみを使用できると定めています。例外として認められているのは以下のみです。
- 油圧流体(Hydraulic Fluid):アクチュエーターや油圧ポンプなど特定の機器に限定
- ERSフルード(ERS Fluid):モーター(MGU-K)、エネルギーストア(ES)などERS系統の冷却用途に限定
この規定は、異なる特性を持つ複数の液体を使い分けることによる性能向上の抜け穴を塞ぐ役割を果たしています。
レースウィークの抜き打ち検査:条文C16.5とC16.10の実務
燃料検査(C16.5)
競技中に採取された燃料サンプルは、ガスクロマトグラフィー(GC: Gas Chromatography) によって事前承認済みの基準燃料と照合されます。
判定の基準は厳格で、以下のいずれかに該当すると不合格となります。
- 隣接する同サイズのピークとの比較で、特定のピーク面積の差が12%超
- 0.8%未満の微量成分について、絶対量で0.10%超の差
- 基準燃料に存在しないピークが検出され、そのピーク面積がサンプル全体の0.10%超
ただし、GCの分析から「蒸発ロスによる差異」と判断された場合は合格とみなされます。また、同チームが使用するFIA承認済みの別F1燃料との混合が疑われる場合は、混入量が10%以下であれば合格とみなされますが、「組織的な混合」と判断された場合は不合格となります。
密度についても厳格な管理があり、競技中のサンプルは事前承認時の数値から**±0.15%以内**に収まっている必要があります(C16.5.2)。
エンジンオイル検査(C16.10)
エンジンオイルの検査にはフーリエ変換赤外分光法(FTIR: Fourier Transform Infrared spectroscopy) が使用されます。競技前に提出した基準オイルとの比較が行われ、通常のエンジン作動に起因する以下の変化は合格と見なされます。
- 燃料の希釈(Fuel Dilution)
- エンジン内他流体の混入
- 通常使用による劣化
ただし、承認外のオイルとの混合が示唆された場合は原則不合格で、承認済みオイル同士の混合であっても10%以下という上限があります。なお、ダイノ(ダイナモメーター)用エンジンオイル については、新品エンジンを初めて投入した競技限定で、このオイルとの混合に対して同様の10%許容範囲が適用されます(C16.10.3)。
また各チームは、競技前に使用するオイルのエンジンごとの使用予定を事前申告する義務があります(C16.10.1)。
特に覚えておきたい4つのポイント
① AS燃料の完全義務化(C16.1.2) 2026年からF1燃料はすべて先進的持続可能原料で構成されなければなりません。GHG削減量の計算にはライフサイクル全体(土地利用変化・輸送・製造プロセス)が含まれます。
② オクタン価上限の存在(C16.2) RONの上限は102.0です。規制の範囲内で最大限の出力を引き出すことがサプライヤーの技術力の見せ所になります。
③ オイルの「燃料化」の明示的禁止(C16.1.5、C16.8.2) エンジンオイルが燃焼を助けることは機能の定義違反です。有機金属系オクタン価向上剤の混入も明示的に禁止されています。
④ 検査は数値基準が明確(C16.5.4、C16.10.3) 燃料ではGCピーク面積の12%ルール、オイルではFTIRによる混合オイル10%許容ルールと、検査基準が数値で明定されています。「グレーゾーン」の余地を極力排除した設計になっています。
まとめ
第C16条は、F1が「何を燃やしてレースをしているのか」を定義する条文です。2026年における最大のテーマは持続可能燃料への完全移行であり、サプライヤー各社はAS成分の調達・製造・認証・トレーサビリティという複雑なサプライチェーンを構築した上でF1参戦に臨んでいます。同時に、燃料やオイルを通じた隠れた性能向上を封じるため、成分規定・物性規定・競技中検査の三層構造でその実効性が担保されています。レース結果に直接影響する可能性がある抜き打ち検査の基準が数値で明確に定められている点は、観戦時に頭の片隅に置いておく価値があります。