2026年F1材料規定(Article C15)完全解説:カーボンからチタンまで、何が使えて何が禁止なのか
2026年F1テクニカルレギュレーションC15条を徹底解説。パワーユニット外部・内部の使用可能素材、禁止材料、サスペンションやロールストラクチャーへの制限など、レース観戦がより深まるポイントを網羅します。
Article C15とは何を規定しているのか
F1マシンは、究極の軽量・高剛性・高耐熱性を追い求める競争の産物です。しかし「どんな素材でも使っていい」というわけではありません。Article C15「MATERIALS(材料)」は、F1マシンの製造に使用できる素材を網羅的にリスト化し、逆に使用を禁止する素材を明示することで、技術競争の公平性・安全性・コスト抑制を同時に担保するためのルールです。
条文の構造は大きく2つのブロックに分かれています。
- パワーユニット(PU)外部のコンポーネント(C15.1〜C15.5):シャシー、サスペンション、ボディワーク等に使用できる金属・複合材料・ポリマー材料を規定
- パワーユニット内部のコンポーネント(C15.6〜C15.9):エンジン、ターボ、エネルギー回生システム(ERS: Energy Recovery System)等に使用できる素材を規定
この2ブロックの統治機構も異なります。PU外部はFIA技術諮問委員会(TAC: Technical Advisory Committee)が、PU内部はPUメーカー諮問委員会(PUAC: PU Advisory Committee)がそれぞれ担当しており、シャシーとPUの開発が別々の枠組みで管理されていることが条文の構造にも現れています。
全材料に共通する大原則
まず理解しておきたいのが、C15.1に定められた基本原則です。
市販品でなければならない(C15.1.3)
F1チームが使用するすべての材料は、**市販品(commercially available)**でなければなりません。つまり、特定チームだけのために秘密裏に製造された専用素材は原則として使えません。この規定は、素材コストの高騰を防ぎ、競争を素材調達力ではなく設計・製造技術力で争うためのものです。
比弾性率の上限(C15.1.4)
金属材料全般に対して、比弾性率(特定弾性率)が40 GPa/(g/cm³)を超えてはならないという上限が設けられています。比弾性率とは、素材の「密度あたりの硬さ(剛性)」を示す指標です。この数値を超えるような異常に高剛性・軽量な金属素材を使うと、マシンの特性が極端に変わり、安全性確認が困難になるためこの上限が設けられています。検査方法はFIA試験手順03/03(FIA-F1-DOC-114)に準拠します。
新材料の追加申請(C15.1.5・C15.1.6)
リストにない材料でも、チームまたはPUメーカーはFIAに追加申請を行うことができます。ただし申請には機械特性・コスト・供給に関する情報が必要で、TACまたはPUACの審議を経る必要があります。既存の許可材料と「直接同等品(direct equivalent)」であると証明できれば、より簡易な手続きで追加が認められる場合もあります。
PU外部:何が使えるのか(C15.2)
シャシー・サスペンション・ボディワーク等に使用できる材料は、以下の4カテゴリーに整理されています。
金属材料(通常製法)(C15.2.1)
鉄合金・アルミ合金・マグネシウム合金・チタン合金・銅合金・タングステン合金など、幅広い金属が許可されていますが、いずれも規格番号が具体的に列挙されており、「許可リストに掲載された銘柄のみ使用可」という厳格な管理がなされています。
特筆すべき点として、リチウム含有量1%未満のアルミ合金(2050、2055、2099等の航空宇宙用高強度合金)が認められています。一方でベリリウムを2.5%以上含む銅合金は禁止されており、これは有害物質管理の観点からの制限です。
また、**粒子強化アルミニウム合金マトリクス複合材(Particulate Reinforced Aluminium Alloy Matrix Composite)**として、SupremEX 225XEおよび225XFが許可されています。これは通常のアルミよりも剛性・耐摩耗性に優れた素材で、特定部品への使用が認められています。
金属材料(積層造形=3Dプリンティング)(C15.2.2)
積層造形(Additive Manufacture)で製造する部品は専用の許可リストが設けられています。アルミ合金・チタン合金・スチール・銅合金・スーパーアロイが対象で、完成部品の質量は印刷時(サポート構造除く)の質量の60%以上でなければなりません。これは、過度に肉抜きした極薄構造物を3Dプリンティングで製造することを制限するための規定です。
ポリマー複合材料(C15.2.3)
F1マシンの骨格を担うカーボンファイバー複合材(CFRP: Carbon Fibre Reinforced Polymer)について、マトリクス樹脂と強化繊維の両方に制限が設けられています。
マトリクス樹脂は、エポキシ・シアネートエステル・ビスマレイミド・フェノール・ポリウレタン・ポリエステル・熱可塑性樹脂等が許可されています。非石油化学由来の熱硬化性樹脂(承認条件付き)も認められており、サステナビリティへの配慮が条文に盛り込まれています。
強化繊維で重要なのがカーボンファイバーの性能上限です:
| 特性 | 上限値 |
|---|---|
| 公称引張弾性率 | 550 GPa以下 |
| 公称引張強度 | 7,100 MPa以下 |
| 密度 | 1.92 g/cm³以下 |
これはToray T1100やMitsubishi MR70相当の性能を上限として設定したものです。これ以上の超高弾性・超高強度カーボンファイバーを使うと、マシンの破壊形態が制御しにくくなるため、安全上の観点から制限されています。
カーボン以外にも、アラミド繊維・ザイロン(Zylon)繊維・ポリエチレン繊維・ガラス繊維(E/S/Q/BFタイプのみ)・亜麻・麻・綿・竹等の天然繊維が許可されています。
コア材料はアルミハニカム・アラミドハニカム(Nomex等)・ポリマーフォーム・バルサ材等が認められています。
PU外部:禁止・制限材料(C15.3)
許可リストがある一方で、特定材料の使用禁止も明示されています。
全面禁止(C15.3.1)
- 形状記憶材料(Shape Memory Materials):電気センサー用圧電素材を除いて禁止。走行条件によって形状が変化するような部品への悪用を防ぐための規定です。
- ベリリウムを含む積層造形部品:健康・環境リスクが高いベリリウムの使用を積層造形部品では完全に禁止しています。
特例なき禁止(C15.3.2)
白金族元素(プラチナ・ルテニウム・イリジウム・レニウム・金)の合計が5%を超える合金、箔冶金(Foil Metallurgy)によって製造された部品、金属間化合物(Intermetallic Alloys)は、C15.4の例外リストに掲載されていない限り使用禁止です。
サスペンションアップライトの制限(C15.3.3)
**サスペンションアップライト(Suspension Uprights)**は、ホイールとサスペンションアームをつなぐ重要構造部材であり、材料の選択肢が以下に限定されています:
- 特定銘柄の展伸材アルミ合金(UNS A92014、A92618、A97075、EN/AA 7022)
- 許可されたチタン合金(展伸材または鋳造材)
- 許可された粒子強化アルミニウム合金マトリクス複合材
- 許可された積層造形チタンまたはアルミ
サスペンションアップライトは走行中に極めて大きな荷重を受けるため、材料の信頼性確保の観点から使用可能素材が絞られています。
プライマリロールストラクチャーの制限(C15.3.4)
プライマリロールストラクチャー(Primary Roll Structure)とは、横転事故時にドライバーの頭部を守るロールフープです。この部材には粒子強化材料(C15.2.1.hまたはC15.2.2.b)は使用禁止です。衝撃吸収・高荷重下での破壊モードが予測しにくい粒子強化材料は、最重要安全部材には不適とされています。
PU外部:例外的に使用が認められる材料(C15.4)
許可リスト外の材料でも、特定の用途に限り使用が認められるものがあります。主なものを紹介します。
- モノリシックセラミック:転がり軸受のころ・ボール、高圧燃料ポンプ部品、断熱材、クラッチ摩擦材、球面軸受等に使用可
- セラミックマトリクス複合材(CMC):摩擦材・シール・断熱材に使用可
- カーボン-カーボン複合材:摩擦材(ブレーキディスク等)に使用可
- コーティング・メッキ(DLC、クロームメッキ等):断熱・電気絶縁が主目的でなく、コーティング厚が下地材の断面厚の25%以下かつ0.8mm以下であれば使用可
- ナノ粒子:市販のポリマーまたはポリマー樹脂の一部として含まれている場合は許可
- ステライト(Stellite)合金(UNS R30006、R30106、R30016、R30012):Z=0以上の位置(プランクより上)で使用可
安全を守る規定ラミネート(C15.5)
C15.5では、安全性能を担保するために仕様が定められた「規定ラミネート(Prescribed Laminates)」と、サバイバルセル(Survival Cell)に使用される「認定ラミネート(Homologated Laminates)」が規定されています。
規定ラミネートの例
- PL-HALO:ハロデバイス向けの積層構成。[KC60(アラミドクロス60gsm)、CC100(カーボンクロス50〜150gsm)、KC60]の3層構成。
- PL-ANTI-SPLINTER:破片飛散防止ラミネート。アラミド・ザイロン・ポリエチレン等を重量比50%超で含む場合(Type A)、それ以外の低目付品(Type B)、高目付品(Type C)の3タイプが定義されています。
- PL-HEADREST:ヘッドレスト向けの[KC60、KC60]2層構成。
認定ラミネートの例(サバイバルセル)
サバイバルセルの各部位には、代表試験パネルが規定の荷重に耐えることが求められます:
| 部位 | 試験荷重 |
|---|---|
| フロントウォールとサバイバルセルの接合部(HL-FWD-SC) | 325 kN |
| コックピット側面(HL-COCKPIT-SIDE) | 440 kN |
| コックピット床面(HL-COCKPIT-FLOOR) | 325 kN |
| フロントクラッシュ側面(HL-FC-SIDE) | 325 kN |
サンドイッチ構造のラミネートでは、外皮の繊維目付が内皮以上であること、アルミハニカムコアの厚みが最低6mm以上であること、各スキンにCC-UHS(引張強度6,250 MPa超の高強度カーボンクロス)を800gsm以上含むことが義務付けられています。
パワーユニット内部の材料規定(C15.6〜C15.9)
PU内部の材料規定は、安全性・コスト管理・公平競争の観点から、PU外部よりさらに厳格です。
PU全般の禁止材料(C15.6.1)
原則禁止の材料として以下が挙げられています:
- マグネシウム合金
- MMC(Metal Matrix Composites)で非溶解相が体積比2.0%超のもの
- 金属間化合物材料
- 白金族元素(白金・ルテニウム・イリジウム・レニウム)の合計が重量比5%超の合金
- ベリリウムを2.2%超含む銅合金、他合金ではベリリウムが0.25%超のもの
- タングステン基合金
- セラミックおよびセラミックマトリクス複合材
- リチウムを重量比1.0%超含むアルミ合金
- 製造工程中にナノ材料となる素材
ただし、コーティングについてはベース材断面厚の25%以下・0.8mm以下であれば例外が認められます。金・白金・ルテニウム・イリジウム・レニウムを含むコーティングは最大0.035mmまでが許可されます。グラフェンはいかなるコーティングにも使用禁止です(C15.6.2)。
エンジン主要部品の材料(C15.7)
内燃機関(ICE: Internal Combustion Engine)の主要部品には、それぞれ個別に材料指定があります:
| 部品 | 許可材料 |
|---|---|
| ピストン | AMS 6487、15cdv6、42CrMo4、X38CrMoV5-3(鉄基合金) |
| ピストンピン | 鉄基合金・単一材から機械加工 |
| コネクティングロッド | 鉄またはチタン基合金・単一材から機械加工 |
| クランクシャフト | 鉄基合金(カウンターウェイトはタングステン合金可) |
| カムシャフト | 鉄基合金・単一材から機械加工 |
| バルブ | TiAlインターメタリック材料、または鉄・ニッケル・コバルト・チタン基合金 |
バルブについては、排気バルブに限り中空バルブ(ナトリウム冷却等)が許可されています。ただし内部空洞は主要部が一定径の円筒形でなければならないという形状制限があります。
シリンダーヘッド・クランクケース・カムカバーはアルミまたは鉄基合金に限定されており、損傷後の局所補修は複合材・金属材で可(最大面積100cm²、厚さ3mm以内、翌シーズン使用不可)。
排気・ターボシステムの材料(C15.8)
排気ガスに接触するすべての部品(排気系・タービン・タービンハウジング等)は、鉄またはニッケル基合金のみで製造しなければなりません(C15.8.1)。排気系へのニッケル合金はInconel 625・625 LCF・718に限定されます(C15.8.6)。
コンプレッサーホイールおよびハウジングについては、リチウム含有量2.5%以下のアルミ合金またはチタンが許可されており(C15.8.3・C15.8.4)、軽量化と高温耐性のバランスが取られています。
排気系への積層造形(3Dプリンティング)の使用は3箇所に限定されています(C15.8.7):
- 各シリンダーヘッド接続部のスタブ・フランジ(最大寸法150mm)
- 各バンクのプライマリ3本→セカンダリ合流部(最大寸法230mm)
- セカンダリとターボチャージャー間の接続部(最大寸法150mm)
タービンホイール破損時の破片飛散は、タービンハウジングおよびテールパイプ内に封じ込めることが義務付けられています(C15.8.5)。
ERS・電子システムの材料(C15.9)
**ERS(エネルギー回生システム)**の金属ケーシングはアルミ基合金製が義務付けられていますが、パワーエレクトロニクスの冷却ベースプレートにはMMCの使用が許可されています(C15.9.1)。
電気モーターに使用される永久磁石(C15.9.4)や軟磁性材料(C15.9.5)は、PU一般禁止材料の多くから免除されています。特にコバルトについては、軟磁性合金で49%以下の濃度まで許可されていますが、「使用したコバルトはすべてリサイクル」かつ「倫理的調達源からのもの」という条件が付されており(C15.9.5)、材料規定にサステナビリティ・倫理的責任が明文化されている点は注目に値します。
レース観戦・チーム戦略への実践的な影響
素材の優位性は「リストの中」でしか生まれない
すべての材料がFIAの許可リストに縛られているため、チームは「許可された素材の中でいかに最適な選択をするか」を競います。たとえばサスペンションアップライトの材料選択(アルミ・チタン・積層造形品のどれを選ぶか)は、バネ下重量・剛性・加工精度・コストのトレードオフであり、チームごとに異なるアプローチが見られます。
3Dプリンティングの進化と制限
積層造形は部品の複雑形状化・軽量化に革命をもたらしていますが、使用可能材料リストと「完成品質量は印刷時の60%以上」という制限が設けられています。また排気系では使用箇所が3カ所に厳格に制限されています。これにより、積層造形の恩恵を受けつつも、過度な複雑化や手作りに近い特殊構造物の濫用を防いでいます。
安全部材は別格の管理
ハロ・ロールストラクチャー・サバイバルセルといったドライバー保護に関わる部材は、規定ラミネートや認定ラミネートの仕様を満たすことが求められ、単に「許可リストの材料を使えばいい」というわけではありません。強度試験の合格が前提であり、チームが独自に最適化できる余地は限定的です。
コバルトの倫理的調達という新潮流
C15.9.5が要求する「倫理的調達(ethical source)」および「リサイクル義務」は、F1の技術規定がサプライチェーンの社会的責任にまで踏み込んだ事例です。ERS用電気モーターに使われるコバルトの産地・リサイクルを条文レベルで管理するという動きは、F1がスポーツ競技の枠を超えた規範を設定しようとしていることを示しています。
特に理解しておきたいポイントまとめ
最後に、C15条文の中で特に重要な項目を整理します。
C15.1.3(市販品義務) すべての材料は市販品でなければならない。特定チームへの独占供給素材は使用不可。
C15.1.4(比弾性率の上限) 金属材料の比弾性率は40 GPa/(g/cm³)以下。これは軽量高剛性の「魔法の金属」への歯止め。
C15.2.3(カーボンファイバーの性能上限) 引張弾性率550 GPa・引張強度7,100 MPa・密度1.92 g/cm³が天井。現行最高性能繊維がほぼ上限に該当。
C15.3.3(サスペンションアップライト) 使用できる材料が明確に絞られており、素材選択がサスペンション設計の重要な制約条件となる。
C15.5.3(認定ラミネート) サバイバルセルの各部位は規定荷重への耐力が前提。コックピット側面は440 kNという高い要求水準。
C15.8.7(排気系への積層造形) 3Dプリンティング適用は3カ所のみ。各部品の最大寸法も150〜230mmに制限。
C15.9.5(コバルトの倫理的調達) 電気モーター用軟磁性材料のコバルトにリサイクル・倫理調達義務。技術規定が社会的責任に踏み込んだ異例の条文。
材料規定は地味に見えますが、F1マシンの性能限界と安全水準を同時に定義する「レギュレーションの土台」です。レース中に見えるカーボン製ボディ、サスペンションの動き、そしてERS由来の電気出力——すべての背後にC15条文が存在します。今シーズンのレース観戦の際は、「このパーツはどんな素材で、なぜその材料しか使えないのか」という視点を加えると、技術の深さがより鮮明に見えてくるはずです。